日本のトンカツは韓国でも大人気。
ただ、韓国人の発音だとトンカスになる。
このトンカツについて、ある韓国人が本にこう書いた。
「日本の帝国主義熱望が込められた」
「日本帝国主義化のための尖兵(せんぺい)だったわけだ」
これは「簡単で面白い歴史の本」で、一般の韓国人を対象に書かれている。
だから、特別変わった考え方ではなくて、韓国人の常識にそっているはず。
たしかにトンカツが生まれた明治時代、日本政府は国民に肉食をすすめていた。
軍隊でも、カツレツやハンバーグなどを兵士に食べさせている。
それでこの本を書いた韓国人は、「トンカツは日本帝国主義化のための尖兵だった」と言う。
くわしいことは前回の記事をどうぞ。
韓国人が見たトンカツ①「日本帝国主義の熱望」が込められている
これが帝国主義?
明治日本のキーワードは「文明開化」。
西洋に学んで追いつこうと、日本人は必死でがんばっていた。
牛肉を食べることも文明開化の1つで、明治時代には牛肉を使ったすき焼きが流行する。
明治新政府は発足当初から肉食奨励のキャンペーンを大々的に展開した。明治2年(1869)に築地に半官半民の食品会社「牛馬会社」を設立し畜肉の販売を開始した。翌、明治3年(1870)には福沢諭吉が執筆したパンフレット『肉食之説』を刊行、配布している。
日本が「文明国」であることを見せるために、政府は外国人と接する役人には、とくに洋食をすすめていた。
この時代、日本人の体格をよくするために、政府が国民に肉食を奨励したのは事実。
でもそれは「日本を帝国主義化するため」ということより、「日本を欧米の植民地にさせないため」のほうが大きい。
そもそも「自国を守れない国は、強い国の植民地になる」という帝国主義の国際ルールをつくったのは、日本ではなくて欧米だ。
日本も開国させられて、いきなりその弱肉強食の世界に入ることになった。
幕末・明治の日本は自分のことで必死。
例えば、「肉食之説」というパンフレットを配布して、日本人に肉食をすすめた福沢諭吉はこう言っている。
自分は何とかして禍いを避けるとしても、行く末の永い子供は可愛そうだ、一命に掛けても外国人の奴隷にはしたくない
(福翁自伝 福沢諭吉)
「日本が欧米に侵略されて、植民地になってしまう」
「日本人が外国人の奴隷にされる」
当時の日本人はこんな危機感を持っていた。
だから明治日本は近代化を進めていき、国民は強くたくましくなっていく。
いわゆる富国強兵だ。
この富国強兵にトンカツが役立ったかもしれない。
でも、現実的には関係ない。
「日本帝国主義化のための尖兵」として、トンカツがつくられたわけではない。
韓国人から見たら、そうなるのだろうけど。
「トンカツには日本の帝国主義熱望が込められた」というタイトルのこの本は、「楽しさと教養」のためのもので、出会いの場を楽しいものにするために活用してほしいという。
でも、そんな韓国の認識は日本で通用しない。
日本のネットでは、ネタでしかない。
・うん、今日も順調におかしいなw
・よくもまあこんなストーリー作れるもんだな
・うんうん
なら食うな
・別冊宝島だってこんなこと書かないだろ
・トンカツくらい余計なこと考えずに食べれば?
・>出会いの席を愉快にさせる手段として歴史を活用したい時
韓国人は良かれと思って、こんなことを話題にしてくるのか
・いいなあ、韓国には、リアル民明書房があって。
日本の場合、あくまでも、ネタだもんな。
・もしかして日本語訳で出したら売れんぢゃね?
・南斗聖拳108派を解説するぐらいのリサーチ力が欲しかったな
こんなのトンカツの入り口すらも踏み込んでない
こういう韓国の記事にはウンザリするけど、いっそのこと楽しもうとしている。
こんな飛び抜けた発想は中国人でもムリ。
韓国人だけの視点だから、とてもユニークで貴重だ。
こうしてブログ記事の材料にもなるのだから、感謝してもいい。
次に韓国へ行ったら、「日本帝国主義化のための尖兵」を味わってみようと思う。
おまけ
これは何か分かりますか?
これはソウルにある独立門
1895年に、日本が日清戦争で中国(清)に勝利したことで、韓国は中国から独立することができた。
それを記念して、この独立門が建てられた。
デザインはフランスの凱旋門から。
この韓国独立を「日本からのプレゼント」と表現したイギリス人女性がいる。
19世紀末に朝鮮半島を旅行していたイザベラ・バードは、旅行記にこう書いている。
一八九五年一月八日、わたしは朝鮮の歴史に広く影響を及ぼしかねない、異例の式典を目撃した。朝鮮に独立というプレゼントを贈った日本は、清への従属関係を正式かつ公に破棄せよと朝鮮国王に迫っていた
「朝鮮紀行 イザベラバード (講談社学術文庫)」
日清戦争で日本が勝ったのは、政府がおこなった富国強兵政策のおかげ。
だから、トンカツは「日本帝国主義化のための尖兵」と同時に、韓国独立の尖兵にもなったわけだ。
これを思うと、外国の干渉をはね返す国力をつけるために、韓国も国民にトンカツをすすめるべきだった。
日清戦争で日本が勝利したとき、福沢諭吉は泣いている。
日清戦争など官民一体の勝利、愉快とも有難いとも言いようがない。命あらばこそコンナことを見聞きするのだ、先に死んだ同志の朋友が不幸だ、アア見せてやりたいと、毎度私は泣きました
(福翁自伝 福沢諭吉)
19世紀の日本は、国際社会で生き残るために必死だった。
トンカツすら悪意で解釈するのは、もうそろそろ止めてほしい。
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